川野駅(奥多摩湖ロープウェイ) 4/5
来たる運行再開の日を願い、これらの施設が残されたのだそうだ。
しかし、年月と周囲の環境がその日はもはや訪れないことを示唆している。
屋上もこの通り木々に覆われてしまい、全くと言っていいほど展望がない。
鉄塔がもう動くゴンドラを支えることもない。
すべての廃墟に言えることだが、
奥多摩湖ロープウェイもまた人間の生の連関から外され、
ただそこにあるだけでしかなくなってしまった一つの事例である。
人が使用するために作られながらも、もはや使われなくなったもの。
端的に廃墟を示すならこういうことになるだろう。
では、単なるゴミとは異なり、何が人を廃墟に惹きつけるのだろうか。
私にとってここは、ふとそんな疑問を考えさせる場所であった。